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 かまいしnet 歴史読み物 「鉄の記念日」だけだった?
 

 前回、「昭和30年代の釜石」として街が活き活きとした釜石の様子を書いていただいた細越健一さんが釜石化成を例に日本の近代化や高度成長と釜石の衰退を書いていただきました。
もし、○○だったらという話は考えたことがなかったので驚きでした。そんなことに思いをはせて読んでみてはいかがでしょうか?

管理人


 フロンティア精神に満ちた経営者が、釜石にもいて、「鉱脈を見つけた」のだけれども、あと1歩足りなかったところで挫折してしまったのだった。そういう会社の歴史を残さなければならない。こういう会社が「釜石」にも存在したという記録を、「釜石」のどこかに残さなければならないと思っていた。 製鉄業の規模拡大という合理化の歴史の中で、「釜鉄」に残ったものは?そして「釜石」に残ったものは何だったのだろうか。果たして、続く鉱脈はあるのだろうか?そして、釜石に残ったのは「鉄の記念日」だけだった、と言う事にならないように、願うのみである。

平成25年3月
                     細 越 健 一



「鉄の記念日」だけだった?

1 釜石鉱山
 1-1鉱山経営
 1-2岩手の鉱山

2 「釜鉄」合理化
 2-1合併のたびに
 2-2合理化の陰で

3 カセイ倒産
 3-1カセイ倒産

 3-2田中吉平氏・会社の沿革
 3-3社内状況(昭和40年頃まで)
 3-4多角経営
  3-4-1 多角経営
  3-4-2 多角化は両刃の剣
  3-4-3 多角化の生き残り
 3-5 個人的な思い出

おわりに



 



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